釧路地方裁判所 平成7年(ワ)160号 判決 1998年5月29日
甲事件原告(乙事件被告)
池田勉
右訴訟代理人弁護士
組村真平
甲事件被告(乙事件原告)
厚岸町森林組合
右代表者理事
伊藤正敏
甲事件被告訴訟代理人弁護士
小野塚聰
乙事件原告訴訟代理人弁護士
稲澤優
主文
一 甲事件被告(乙事件原告)は、甲事件原告(乙事件被告)に対し、金四七三六万三六八〇円及び
1 内金二九一万九五四〇円に対する平成六年一月一日から
2 内金四〇三万九〇八〇円に対する平成六年七月一日から
3 内金四四八万九〇八〇円に対する平成七年一月一日から
4 内金四〇三万九〇八〇円に対する平成七年七月一日から
5 内金四四八万九〇八〇円に対する平成八年一月一日から
6 内金四〇三万九〇八〇円に対する平成八年七月一日から
7 内金四四八万九〇八〇円に対する平成九年一月一日から
8 内金一八八五万九六六〇円に対する平成九年一月一日から
各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 甲事件原告(乙事件被告)は、甲事件被告(乙事件原告)に対し、金八五万円及びこれに対する平成八年三月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 甲事件被告(乙事件原告)のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、これを五〇分し、その一を甲事件原告(乙事件被告)の負担とし、その余を甲事件被告(乙事件原告)の負担とする。
五 この判決は、第一、二、四項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 甲事件
主文第一項と同旨。
二 乙事件
甲事件原告(乙事件被告。以下「原告」という。)は、甲事件被告(乙事件原告。以下「被告組合」という。)に対し、金一三八一万二四〇八円及びこれに対する平成八年三月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 前提事実(以下、証拠の摘示のない事実は、いずれも当事者間に争いのない事実又は弁論の全趣旨によって認められる事実である。)
1 被告組合は、北海道厚岸町地域内の森林所有者らにより、森林組合法に基づき結成された組合である。
原告は、昭和四三年七月二〇日、被告組合の従業員として雇用され、昭和五三年一一月一日参事に任命された者である。
2 原告は、被告組合に雇用されて以来、被告組合の事業管理、事業計画、労務調達、資金計画、国庫補助金等委託申請事務等一般事務を担当し、参事に任命されてからは、同組合理事会の決定により同組合の名において行う権限を有する一切の業務を誠実に善良な管理者の注意義務をもって執行すべき義務を負っていた。
3 被告組合は、昭和六一年二月三日、厚岸町との間で、同町所有森林について立木売買契約を次の約定で締結した(以下「本件立木売買」という。)。
(一) 売買目的物 厚岸町<以下略>所在の山林二四五万四五三五平方メートルのうち八五ヘクタール
(二) 皆伐による立木の材積 五〇八三・四九八立法(ママ)メートル
(三) 売買代金 二五〇〇万円
4 被告組合は、右売買契約により厚岸町から買受取得した立木の伐採搬出作業に、昭和六三年から着手したが、その際、平成元年一〇月ころから、隣町である標茶町町有林(川上郡標茶町<以下略>所在)を、越境伐採し、右越境伐採面積は一三・五ヘクタールに及んだ(以下「本件越境伐採」という。)。
5 被告組合は、本件越境伐採の事実について標茶町と協議した結果、伐採材積が九三二立方メートルと判明したので、同町から右被害立木を金銭換算のうえその損害を賠償するよう求められ、同町と賠償に関する協議をした結果、平成五年三月八日、標茶町に対し本件越境伐採に対する賠償金として一七一一万六一一九円を支払う旨の和解が成立し、同月三一日、右賠償金を支払った(なお、本件越境伐採にかかる立木の販売収入は五二五万二七〇〇円であり、その販売費用は三八三万二五〇〇円であるから、販売純利益は一四二万〇二〇〇円であった。したがって、被告組合の実質損害は、右賠償金額から右販売純利益を差し引いた一五六九万五九一九円となるが、越境伐採全面積一三・五ヘクタール中、厚岸町の誤った指示による一・六五ヘクタールを除いた残りの一一・八五ヘクタール部分は全越境伐採面積の八八パーセント部分に該当するので、これを金銭評価すると一三八一万二四〇八円となる。)。
6 被告組合は、平成五年四月三〇日、原告に対し、職員、作業員の適正な管理、監督、その後の報告を怠り、結果として誤って本件越境伐採をし被告組合に損害を与えたことが同組合就業規則(以下「就業規則」という。)一一条一項の善管注意義務に違反し、就業規則七一条三項(職務の内外を問わず組合に損失を及ぼし、又は信用を傷つけるような行為のあったとき)に該当するとして、原告に対し、同年一月から一二月までの定期昇給停止の懲戒処分をするとともに、就業規則七四条(七一条に掲げる行為により組合が損害をうけるときは、その損害額の全部又は一部を弁償させることができる。)を適用して、標茶町に対する賠償金の五パーセント相当額八五万円の補填を求める旨の通知(以下「第一次処分」という。)をした(<証拠略>)。
7 被告組合は、本件越境伐採問題に関連して、平成五年八月二四日、理事会で原告を懲戒解雇する旨決定し、同年一二月四日付け書面をもって、原告に対し、就業規則七一条三項、四項(業務上の権限をこえ、又はこれを濫用して専断的な行為があったとき)及び八項(故なく組合の指示命令に服従せず、又は素行不良で風紀秩序を乱したとき)の懲戒事由に該当することを理由とする懲戒解雇の意思表示(以下「本件懲戒解雇」という。)をした(懲戒事由につき<証拠略>)。
原告は、本件懲戒解雇の意思表示を受けた平成五年当時、毎月二一日に被告組合から次の賃金を得ていた。
<1> 基本給 四二万三〇〇〇円
<2> 家族手当 二万七〇〇〇円
<3> 住居手当 五五〇〇円
<4> 管理職手当 六万七六八〇円
8 右のような事実関係のもとで、原告は、本件懲戒解雇が無効であると主張して、被告組合に対し労働契約上の地位確認及び賃金等支払を求める本件訴えを提起したが、その後、平成九年七月三一日に就業規則に定める定年に達したとして、未払賃金等及び退職金の支払請求に訴えを変更し、合計四七三六万三六八〇円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めている(甲事件)。
被告組合は、本件越境伐採につき原告に故意又は過失があったとして、民法七一五条三項に基づき、原告に対し右5の一三八一万二四〇八円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めている(乙事件)。
9 なお、原告は、平成六年、釧路地方裁判所に地位保全の仮処分を申し立て、同裁判所は、平成七年三月二四日、被告組合に対し、原告への賃金の仮払を命じる仮処分決定をした(<証拠略>)。右仮処分決定に対し異議が出されたが、同裁判所は、平成八年四月一一日、右決定の仮払額を減額したものの、被告組合に対し、原告への賃金の仮払を命じる決定をした(<証拠略>)。
二 争点及び当事者の主張の要旨
本件懲戒解雇事由の存否(甲事件)及び本件越境伐採について被告組合が原告に対し民法七一五条三項に基づく求償権を有しているか否か(乙事件)が本件の争点であり、右争点に関する当事者の主張の要旨は次のとおりである。
1 甲事件
(被告組合の主張)
(一) 本件懲戒解雇の理由は次のとおりである。
(1) 故意による越境伐採
原告は、誤伐であることを装って故意に部下に命じて本件越境伐採をさせた。すなわち、原告は、本件立木売買に先立ち厚岸町と標茶町との間で確認された町村境の大きな立木に塗られた赤いペンキを見ており、また、平成元年七月ころ厚岸町農林課や地積調査係から右境界についての詳しい説明を受けており、山林の専門家として本件立木の標茶町との境界を熟知していた。ところが、原告は、当時の被告組合の業務課長であった緒方淳助(以下「緒方業務課長」という。)に対し、越境伐採を指示し、右越境伐採の現場においても、作業員から「こんなに標茶町有林に入り込んで後の問題にならないのか」との質問を受けたのに対し「誰も分からない事だから何も心配する必要はない。」と返答している。
(2) 参事としての職責放棄等
<1> 原告は、本件越境伐採を理由として、被告組合から、平成五年四月三〇日、第一次処分を受けた。ところが、原告は、その後、右処分内容に対する不満の言動をとり続け、理事会において処分通告を受け取ろうとせず、尊大な態度に終始し、在席命令を無視して退席し、反省した態度が見られなかった。
<2> 原告は、第一次処分後、組合長以下の理事に対し反抗的態度をとり続け、仕事もほとんどせず、被告組合の事務所にも出てこない状況となったそ(ママ)して、組合長の再三にわたる忠告にも耳を貸さず、原告の意に反する者にはすべて敵対する行動をとり、ついに反省することがなかった。
被告組合の日常業務はすべて参事を中心に運営されており、参事は被告組合の事実上の最高責任者である。被告組合の理事は、右のような原告の行動により被告組合の日常業務が混乱し、適正な組合運営が阻害されると判断し、非公式協議会の場で、原告に対し、参事としての行動、見解、弁明を直接聴取し、話合いにより問題を円満に解決しようと何度も原告と交渉した。しかし、原告は、自己の都合の悪い状況、場面になると言葉を濁し、欠席、退席を繰り返し、理事会の運営と問題解決に非協力な態度をとり、被告組合からの忠告、勧告、業務命令を無視した。このため、被告組合の事務局は、その機能を失った。
<3> 原告は、第一次処分後、現場見回りと称して勤務時間中の理事との接触を意識的に避けるようになり、作業現場で作業員一人一人に被告組合及び理事者を非難、中傷し、参事の立場を擁護し、行動を共にするよう強要するなど、被告組合の信用、名誉を著しく傷つけた。
また、被告組合は、本件越境伐採による賠償金支払のため銀行から借り入れた一五〇〇万円の返済期日が迫ったため、平成五年六月二〇日、手形を書き替えて返済期日を延期してもらうよう、原告に指示したが、何度指示しても無視されたため、やむをえず組合長自ら参事職を代行して銀行に出向き、右交渉を行うことを余儀なくされた。
<4> 被告組合は、平成五年二月五日の理事会において、本件越境伐採による最終的な賠償額を受け入れる方針を決定した。組合長は、高額な賠償金の支払につき、被告組合の理事に支援を求め、厚岸町の被告に(ママ)対する支援対策を協議するための資料(現時点での財務内容と今後の見通し及び資産リスト)の作成を指示し、同月一三日の理事会に出席して説明するよう、原告に命令した。ところが、原告は、同日の理事会に出頭せず、自宅への電話で理事や組合長から出席を求められたが、それを無視して欠席した。このため、原告が作成する予定だった資料はなく、理事会を流会せざるを得なくなった。
これ以降、原告の態度、行動は本件越境伐採が自己の知らないところで起きたことであり、自分には責任がないと言い張るのみで右問題を解決しようとする真面目な態度は一度も見られなかった。加えて、日常の業務に対しても利害関係者からの苦情、要求に係る職責上の最終判断を後回しにし、利害関係者から再三にわたり催促されても問題処理をしようとせず、組合長から問題処理案の提示を求められても具体的に示さず、組合長に責任を転嫁する行動をとるようになり、結果として処理が滞り、他の理事者にも多数の苦情が寄せられるようになった。このため、被告組合の事務処理は混乱停滞し、麻痺状態に陥った。
<5> 原告は、徳村ミツ所有山林の誤伐問題について、徳村の意向を平成五年四月には知っていたが、平成五年六月一五日に被告組合長から実態調査を求められるまで、徳村の強い要請があったにもかかわらず理事者に報告することはなかった。また、右問題について、平成六年七月二八日の理事会においても、判明している事実だけでも報告できたにもかかわらず、「高嶺係長の調査が進まないので報告できない。」と弁解し、調査の進展を促すことも何らの対策を立てることもなく放置した。また、誤伐採地は面積的に見ても〇・三ヘクタール程度であり最大限の調査を実施しても二名で三日くらいあればできたものであるにもかかわらず、自己の職責を果たさなかった。
被告組合の理事者側は、早急に右の調査結果の報告を受け、徳村の申入れを尊重して交渉に入りたいという考えで一致していたが、原告は、この時期から山回りと称して、理事者との接触を意識的に避け、原告の責任に関する問題には一切触れないで無視する行動に出ており、完全に参事としての職責を放棄していた。
(二) 原告は、本件越境伐採問題については、第一次処分を受けているから、その後に右問題を理由として本件懲戒解雇をするのは同一事由による二重の処分で無効である旨主張する。しかしながら、第一次処分の際には、原告が盗伐であるとの事実を隠したため、被告組合は過失による越境伐採であるという誤った事実認定に基づき処分したものであり、同一事由による二重の処分とは言えない。
(原告の主張)
(一) 懲戒解雇事由について
(1) 越境伐採問題について
原告は、平成元年一一月ころ、現地見回りの際、越境に気付いたため、急遽作業員に作業を中止させ、本件立木売買時に現地で立ち会い範囲を知悉している厚岸町の武隈博友林務係長(以下「武隈林務係長」という。)に現地状況の確認を求め、更に厚岸町農林課などに標茶町との町境界の調査を依頼したりしていた。ところが、現地担当の緒方業務課長は、いかなる理由か不明であるが、「話合いがついた。参事も諒解している。」と作業員に偽って作業を続行させ、平成二年四月ころまで伐採を拡大してしまった。緒方業務課長は、原告に対する私怨があったため、右のような行動をとったものと思われる。
したがって、原告は、被告組合に対し、部下を監督統制できなかった管理責任はあるものの、越境伐採についての直接の責任はない。
原告が作業員に対し、被告組合が主張するようなことを言ったことはなく、盗伐の事実はない。
(2) 参事としての職責を放棄したとの主張について
<1> 原告は、被告組合の処分に不満ではあったが、理事会無視、無反省の態度をとったことはない。原告は、第一次処分のうち、一年間の昇給停止処分については自ら辞令簿に記載して執行した。しかし、標茶町に対する賠償金額一七〇〇万円余りは、伐採木の当時の市場価格が二〇〇万円から三〇〇万円程度であったことから、不当に高く、原告に科せられた五パーセントの賠償金額も少なくない金額であること、原告がそれを賠償しなければならない根拠が明確でないことから不満があったため、原告に科せられた賠償金については、被告組合に再検討を要請したものである。
<2> 被告組合の主張(一)(2)<2>、<3>はいずれも否認する。
平成五年六月二〇日の手形書替は、組合長ではなく原告自らが銀行に出向き行っており、組合長が出向いたのは、その後の同年九月の時である。右書替については、理事会で決めた財源措置問題が被告組合の総会で否決されたため、財源問題もはっきりしない手形の書替は責任が持てないとして、組合長にその点を明確にするよう求め、書替に行かなかったものである。
<3> 同<4>のうち、原告が平成五年二月一三日の協議会に出席しなかったことは認め、その余の事実は否認する。厚岸町の支援対策協議資料の作成は越境伐採問題のわだかまりから当初円滑にいかなかったが、程なく作成され、被告組合の業務には支障をきたさなかった。
<4> 同<5>のうち、高嶺係長の調査が進まないので報告できないと答弁したことは認め、その余の事実は否認する。徳村所有山林については、当初から原告と高嶺係長が立ち会って実測量したこともあり、誤伐採の主張に疑問もあったが、厚岸町の武隈林務係長からの通報でもあり、直ちに高嶺係長に調査を命じた。ところが、高嶺係長が調査に苦労し手間取り調査が未了だったため、理事会に報告できなかったものである。
(二) 本件懲戒解雇は同一事由による二重の処分であり無効である。
2 乙事件
(被告組合の主張)
(一) 厚岸町は、本件立木売買に先立ち、売買による伐採区域を特定するため、昭和六〇年一一月一五日本件立木売買のための現場説明を実施した。その際、原告は、緒方業務課長と同町の立木調査資料に基づき赤ペンキが塗られていた現地境界標示の立木を確認した。
(二) 原告は、昭和六三年一月初旬から同年三月中旬にかけて、標茶町との境界域であることを重視し、現地の立木の赤ペンキが塗られた標木に沿って作業するよう直接指揮をとって伐採作業をした。
(三) 原告は、指示された境界立木標示を確認していながら、部下である緒方業務課長に命じて、あえて不法に、その部分を超えて、平成元年秋口ころから平成二年春ころまでの間に、誤伐を装って故意に本件越境伐採をした。
(四) 仮に、原告が故意に本件越境伐採をしたものでなく、緒方業務課長が原告に隠れて隠密のうちに本件越境伐採を行ったものであったとしても、右(一)、(二)の事実によれば、原告は誤伐採がされないよう現地で特段の注意を払って直接業務を指揮すべき立場にあった。そして、盗伐のための一連の作業内容と作業のための業務支出の経理事務の実際を考え併せると、仮に原告に隠れて盗伐が行われたとしても、原告の参事としての管理業務の中で当然に発見されるべきものであったる(ママ)。したがって、原告がこれを発見しなかったというのは、同人に、ある時点から急に現地の確認、巡回、越境伐採行為の発見防止対策等を全くしないなど、故意に等しい任務懈怠があったためであると言わざるを得ず、原告には本件越境伐採について重過失がある。
(五) よって、被告組合は、民法七一五条三項による求償権に基づき、原告に対し、一三八一万二四〇八円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年三月一五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(原告の主張)
(一) 次に述べるとおり、本件越境伐採は原告が緒方業務課長に命じて行わせたものではなく、被(ママ)告の容認、黙認という任務懈怠のもとに行われたものではなかったから、原告に越境伐採についての故意又は重過失はない。
(1) 本件越境伐採は、原告から境界についての測量の誤りを指摘された厚岸町の武隈が自己の不始末を糊塗するため、境界を超えて立木に赤ペンキを塗り、そこまで伐採することを緒方業務課長に依頼し、同人が原告に対する私怨を有していたことから、右依頼に応じて行ったものであると思われる。すなわち、原告は平成元年一一月に現地で本件越境伐採を発見し、直接作業員に中止命令を出し、被告組合や厚岸町に越境の事実を報告して善後策を相談していた。ところが、その直後に原告の知らないうちに緒方業務課長が作業員に対し、話がついた等と言って現場作業員に言って越境伐採を継続させてしまったものである。
(2) 被(ママ)告は、冬期間でも必要に応じ山回りをするが、本件越境伐採現場については中止命令を出しており、まさかその後も伐採作業が行われているとは思いもよらず、また当時尾幌、大別その他二か所でも造成作業が行われてたため、そちらに力点を置き、本件現場の見回りは割愛していたものである。また、この部分の伐採は他の部分の伐木と混同して搬出売却されたため、経理事務の処理上、越境伐採を知るのは不可能であった。
(3) 原告は、このような部下の悪意による行動まで防止できるものではなく、部下職員に対する監督不十分の責任があるとしてもそれは単なる道義的なものにとどまると解するべきである。
(二) 厚岸町は本件越境伐採について責任を負担すべきことを十分承知しており、被告組合との間で、同組合が形の上で標茶町に賠償し、その後造林事業や町の事業を同組合に随意契約で取得させる等して埋め合わせる旨の密約があり、右密約通りの埋合わせがされたことによって被告組合の損失は消滅したか、減少した。
第三争点に対する判断
一 争点1(本件懲戒解雇事由の存否)について
1 前記前提事実及び証拠(<証拠・人証略>)によれば、次の事実が認められる。
(一) 厚岸町の武隈林務係長は、昭和六〇年六月ころ、本件立木売買の対象となった立木の調査をした際、同町との境界を示す赤色のペンキが塗られていた立木に新たに同色のペンキを重ねて塗った。原告は、昭和六一年の本件立木売買前に現地に行き、右赤ペンキを確認した。
(二) 被告組合は、本件立木売買後、木材価格の下落等の理由からしばらく伐採に着手しなかったが、その後市況が回復したこと等から、昭和六三年一月ころ、厚岸町の武隈林務係長及び被告組合の緒方業務課長が現地で前記の赤色ペンキによる境界の標識を確認したうえで、昭和六三年一月ころ伐採に着手した。
(三) 原告は、平成元年七月ころ、右標識により境界とされている線にでこぼこがあり実際の境界線と違うのではないかとの疑問を抱き、厚岸町の魚津農林課長に対し、正確な境界の位置を調べてほしいと依頼し、そのころ、標茶町との境界線の確認のため、同町地籍係長らと現地に行って調査したが、町村界の変更にも関係するので現地境界については慎重な対応が必要であるとの記録が作成されただけで、原告に対し明確な結論は示されなかった。
(四) ところが、平成元年一〇月ころから平成二年四月ころまでの間に、本件越境伐採が断続的に実施された。
右越境伐採は、平成四年七月に標茶の一町民と名乗る者からの厚岸町議会議長らへの投書により発覚し、右の問題は新聞報道により厚岸、標茶両町民の知るところとなり関心を集めた。
厚岸町地籍係が同年八月に実施した測量調査結果によれば、越境伐採の総面積は一三・五ヘクタールで、前記赤色ペンキによる境界線についても一・六五ヘクタールが越境していたことが判明した。
(五) 被告組合は同問題につき調査特別委員会を設置し、同委員会は、平成四年八月及び九月に合計五回にわたり会合を開催して関係者からの事情聴取を行った。右事情聴取において、緒方業務課長は原告の業務命令により作業員に指示して本件越境伐採をさせたと述べたが、原告は右越境伐採は緒方業務課長が原告の知らないところで勝手に作業員に指示して行わせたものである旨述べて、両者の供述が食い違っており、その他の者(斉藤前組合長、高嶺和広係長、西村良夫作業班長、真田正志作業班長)からの事情聴取によっても、越境伐採が行われた原因については明らかにならなかった。
このため、被告組合は、明確な真相究明ができないまま、同年九月一四日厚岸町に、同月一六日標茶町に報告書(<証拠略>)を提出した。右報告書では、原告が前記のとおり境界に疑問を持った主旨が業務課長及及び作業員に十分行き渡らず、業務上の連絡・確認が不十分のまま作業が進行してしまったため、誤って越境伐採が行われてしまった旨が記載されている。
(六) 被告組合は、平成四年一〇月七日、懲戒委員会からの処分案の提出を受け、原告に対し一年間の昇給停止をするとともに、被告組合の損害額(当時は結論が出ていなかったが、七〇〇万円程度が上限と推定していた。)の一〇パーセントを弁償させるとの処分を決定した。
組合長は、そのころ原告に対し、右決定内容を提示し、損害額が五〇〇万円から六〇〇万円であろうとの推測のもとに弁償額は五〇万円以内になるので、その程度のことは受け入れるようにとの話をしたが、原告は真相が明らかにされていないので承服できない旨返答した。
(七) 本件越境伐採についての標茶町との補償交渉は、平成五年三月八日、被告組合が標茶町に賠償金一七一一万六一一九円を支払うことで妥結した。
被告組合は、右妥結に先立つ同年二月五日の理事会において、右賠償額を受け入れることを決定したが、当初考えていたよりも賠償額が多額になったため、前に決定した原告の賠償金額についての決定を白紙に戻して検討することにした。
(八) 被告組合は、平成五年四月三〇日の理事会で原告に対し、一年間の定期昇給の停止の懲戒処分と標茶町に対する賠償金の五パーセントに相当する八五万円の補填を求めることを決定し、右理事会に出席していた原告に対し右懲戒処分を通知したが、通知書を受け取らず、理事の在席命令に従わず、理由を述べずに退席し、同年五月一九日の理事会でも同様の態度をとった。
(九) 被告組合は、平成五年七月二八日、原告に対する懲戒解雇処分を仮決定したこと、同年八月六日の理事会で弁明の機会を与えたうえで最終処分の決定をする旨の懲戒処分予告通知書を送付した。同年八月六日の理事会は、懲戒処分案を答申した委員会の議事録に委員の署名押印が必要であるとの原告からの指摘があったため、組合長と原告との協議により日時を延期することにした。その後、原告は、理事から理事会開催手続をとるよう命ぜられたが、これに従わなかったため、組合長の委任を受けた理事が同月二四日に理事会を招集開催し、同理事会において、原告に対する懲戒解雇が決定された。
被告組合は、同年一二月四日付け書面で、原告に対し右懲戒解雇の通知をした。
2 故意による越境伐採の主張について
被告組合は、原告が故意に本件越境伐採をしたと主張するところ、緒方証人は、本件越境伐採を原告の命令に基づき行った旨証言しているのに対し、原告本人は、そのような命令をしたことはなく、本件越境伐採は原告の知らないところで緒方業務課長が勝手に作業員に指示して行わせたものである旨供述しており、右証言と供述は全く相反している(両名の言い分が越境伐採発覚当時から一貫して食い違っていることは前記認定のとおりである。)。
この点につき証人西村良夫は、平成元年一一月ころ、現地で越境伐採の事実を目撃し、居合わせた原告に対し、そのようなことをしても大丈夫かと聞いたところ、原告がこんなところには誰も来て見ないから分からないと言ったと述べ、原告が越境伐採を知っていたとの被告組合の主張にそう証言をしている。しかしながら、前記認定事実によれば、同証人は本件越境伐採が発覚して間もない平成四年に行われた調査特別委員会の事情聴取を受けたことが認められるが、その際には右のようなことを述べた形跡が全くない。(証拠・人証略)には、右西村が前記委員会での事情聴取の際には原告をかばって事実を話さなかったが、平成五年六月末か七月初めころ茶飲み話の中で中江証人に初めて原告が越境伐採を知っていた事実を打ち明けたので、組合長と相談して原告に対する懲戒解雇を決定した旨の部分がある。しかしながら、右の段階で西村からそのような話が出、そのことが懲戒解雇の決め手となったというのであれば、原告に対する懲戒解雇を決定した平成五年八月二四日の理事会でそのことが当然に話題となってしかるべきであるのに当日の議事録(<証拠略>)にはそのような記載がない。また、本件訴訟に先立って行われた仮処分事件においては、原告が故意に越境伐採を行ったとの事実は解雇事由として主張されておらず、その際に提出された中江徹の平成六年一二月一九日付け陳述書(<証拠略>)にも、右西村の発言や原告が故意に越境伐採を行ったとの記載がなく、被告組合が懲戒解雇の事由として故意による越境伐採を主張するようになったのは本件訴訟提起後である。これらの事実に照らすと右西村及び中江の各証言並びに(証拠略)をにわかに信用することはできない。
また、前記前提事実によれば、本件越境伐採による伐木の販売収入は全て被告組合に入金されており、原告が個人的利益を得たことを窺わせるような証拠は全くなく、原告に故意に越境伐採をするような動機が見い出せないこと、右動機につき証人緒方が述べるところはあいまいであること、証人緒方が原告に対し個人的に快くない感情を持っていることは同証人の自認するところであること等に鑑みると同証人の証言は原告本人尋問の結果(第一、二回)に照らし採用することができず、他に原告が故意に越境伐採をしたことを認めるに足りる証拠はない。
3 参事としての職責放棄等の主張について
(一) 被告組合は、原告が第一次処分について不満な言動や反抗的態度を示した旨主張するところ、前記認定によれば原告が処分通知書を受け取ろうとせず、在席命令に従わず理事会から理由を述べずに退席し、弁明の機会を与えられながら出席せず、理事会の開催手続を行わない等の反抗的態度をとったことが認められる。しかしながら、前記認定によれば、原告は本件越境伐採が発覚した当初から一貫して本件越境伐採は原告の知らないところで緒方が勝手に行ったもので原告が指示したことはないと主張していたこと、平成四年一〇月に損害額の一〇パーセントを損害賠償として支払う旨の提示を受けたときも事案の真相が明らかにされていないので承服できないと述べていたこと、結局、本件越境伐採の直接の原因が不明のまま第一次処分が行われていることから、原告において、右処分に不服を抱き、もはやこれ以上従前と同様の説明を繰り返しても仕方ないと判断したとしても無理からぬものがあり、理事会においても原告が処分に応じない理由を十分に把握していたものというべきであるから、原告が処分通知書を受け取らず、理由を述べずに退席したことが直ちに懲戒解雇事由に該当するということはできないものというべきである。また、前記認定によれば、平成五年八月六日の理事会の開催については議事録に署名押印がないことから原告と組合長の合意のもとに開催を見送ったもので、原告が開催を不当に拒否したものとはいえないし、その後に開催を要請された理事会は原告を懲戒解雇するかどうかの理事会であるから、その開催手続を処分の当事者である原告が拒否したことをもって懲戒解雇事由とすることはできないと解するのが相当である。
(二) (証拠・人証略)には、原告が、第一次処分後、仕事をほとんどせず、事務所に出てこない状態となるなど日常業務を怠って被告組合からの忠告、勧告、業務命令を無視して事務局の機能を失わせ、あるいは山回りと称して理事者との接触を意識的に避け、自己の責任に関する問題には一切触れないで無視する行動に出ていたとの部分があるが、いずれも具体性に欠けることから採用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
また、右各証拠中には、原告が手形の書替え事務を拒否した旨の部分があるが、原告本人尋問の結果(第二回)に照らし採用することができない。
原告が作業現場で作業員一人一人に被告組合及び理事者を非難、中傷し、参事の立場を擁護し、行動を共にするよう擁護するよう強要する等被告組合の信用、名誉等を傷つけたことを認めるに足りる証拠はない。
(三) 被告組合は、原告が徳村ミツ所有山林の誤伐問題につき調査、報告を怠っていた旨主張するが、証拠(<人証略>)によれば、原告は右調査を部下の高嶺和広に命じて行わせていたが、高嶺が他の仕事で忙しかったため調査が遅れてしまったことが認められ、原告がことさらに調査、報告を怠っていたとは認められない。
(四) 被告組合は、原告が被告組合に対する行政的支援を求めるための資料の作成を命じられながらこれに従わず、右支援のための協議を業務命令に反して欠席したと主張するが、右は第一次処分以前に生じていた事実であり、本件越境伐採に関連する事実で、第一次処分にあたって当然に考慮されるべき事実であるから右事実に基づき再度の懲戒処分を行うことは許されないものというべきである。
(五) その他、原告に懲戒解雇の事由となるような職務放棄、懈怠等の事実があったことを認めるに足りる主張、立証はない。
4 以上によれば、原告に被告組合主張の懲戒解雇事由があったと認めることはできないから、本件懲戒解雇は無効であり、原告の未払賃金等の請求は理由がある。
5 前記前提事実及び証拠((証拠略))によれば、原告は本件懲戒解雇当時被告組合から、毎月二一日に月額合計五二万三一八〇円の給与の支給を受けていたこと、六月二一日に夏期手当として月額九〇万円、一二月末日に年末手当として月額一三五万円の支給を受けていたこと、就業規則三六条は従業員の定年は六〇才とし、満年齢の属する月の末日とすると規定していること、原告は平成九年七月一七日に満六〇才に達したので同月三一日に定年となったこと、被告組合の職員退職給与規定によれば、勤続年数二九年の原告の退職金は基本給四二万三〇〇〇円の三三・八倍と定められており、その額は一四二九万七四〇〇円であることが認められる。右事実によれば、原告の被告組合に対する未払賃金、手当及び退職金請求権は次のとおりとなる(元本合計四七三六万三六八〇円及びこれに対する遅延損害金)。
(一) 平成五年一〇月分から一二月分までの未払賃金及び同年一二月分の未払手当合計二九一万九五四〇円及びこれに対する弁済期の翌日以降である平成六年一月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金
(二) 平成六年一月分から六月分までの未払賃金及び同年六月分の未払手当合計四〇三万九〇八〇円及びこれに対する弁済期の翌日以降である平成六年七月一日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金
(三) 平成六年七月分から一二月分までの未払賃金及び同年一二月分の未払手当合計四四八万九〇八〇円及びこれに対する弁済期の翌日以降である平成七年一月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金
(四) 平成七年一月分から六月分までの未払賃金及び同年六月分の未払手当合計四〇三万九〇八〇円及びこれに対する弁済期の翌日以降である平成七年七月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金
(五) 平成七年七月分から一二月分までの未払賃金及び同年一二月分の未払手当合計四四八万九〇八〇円及びこれに対する弁済期の翌日以降である平成八年一月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金
(六) 平成八年一月分から六月分までの未払賃金及び同年六月分の未払手当合計四〇三万九〇八〇円及びこれに対する弁済期の翌日以降である平成八年七月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金
(七) 平成八年七月分から一二月分までの未払賃金及び同年一二月分の未払手当合計四四八万九〇八〇円及びこれに対する弁済期の翌日以降である平成九年一月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金
(八) 平成九年一月分から七月分までの未払賃金及び同六月分の未払手当合計四五六万二二六〇円及び退職金一四二九万七四〇〇円の合計一八八五万九六六〇円並びにこれに対する弁済期の翌日以降である平成九年八月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金
二 争点2(本件越境伐採についての被告組合の求償権の有無)について
1 原告が故意に本件越境伐採をしたと認めることができないことは前記説示のとおりであるが、原告は被告組合の日常業務の最高責任者である参事として、部下が越境伐採をしないよう防止すべき雇用契約上の義務を負っているものと解すべきところ、前記認定のとおり原告は本件越境伐採の直前に、標茶町との境界に疑問を持ったのであるから、本件越境伐採が行われないよう現場の状況に注意すべきであったのにこれを怠り越境伐採を発生させた過失があり、右により損害を賠償した使用者からの求償義務を免れないものというべきである。原告は本件越境伐採は部下が故意に行ったものであるから道義上の責任を負うに過ぎないものと主張するが、本件越境伐採が原告の部下の故意によって行われたことについてはこれを認めるに足りないから、原告の右主張は失当である。
もっとも民法七一五条三項に基づく雇用者の被用者に対する求償権の行使については全額の行使が常に許されるものでなく、諸般の事情に照らし信義則上相当と認められる範囲に限って行使が許されるものと解すべきである。これを本件についてみるに、本件越境伐採は原告の故意に基づくものではなく、原告には監督上の過失が認められるにとどまること、前記認定のとおり被告組合は本件越境伐採につき、既に第一次処分において、過失による伐採であることを前提に就業規則七四条に基づき原告の損害賠償債務を八五万円とする通知を行っていること等の諸般の事情を総合すると、被告組合の原告に対する求償権の行使は信義則上、八五万円の限度で許されるものと解すべきである。
2 原告は、厚岸町と被告組合との間の密約に基づき、厚岸町が同組合に造林事業や町の事業を随意契約で取得させたことにより、本件越境伐採の賠償金の支払による被告組合の損害が消滅又は減少した旨主張し、(証拠略)によれば、被告組合の組合長が同組合の委員会において右約束の存在を窺わせるような発言をしていることが認められるが、右発言の事実から直ちに被告組合の損害が消滅又は減少したことを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
3 したがって、乙事件請求は、八五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年三月一五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
三 よって、原告の甲事件請求は理由があるから認容し、被告組合の乙事件請求は八五万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の乙事件請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日・平成一〇年三月一二日)
(裁判官 阿部正幸)